BEAUTIFUL WORLD.

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not simple.

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not simpleという
マンガの最後の方で、

女のひとが、年下の男の子に言う。

「真っ白ね。純真って言うのかしら。
でも子供のそれとは違って、
どこかつかみどころがない感じ。
ただ単純なだけじゃないんだわ。」





パリでゆきさんに会った。

シェイクスピア・アンド・カンパニーの前で、
ゆきさんは、アルパカ10%のマフラーを巻いて
待ていてくれた。


カフェでお昼を食べた。
カフェには、それぞれのテーブルの上に
バラの花びらが落としてあった。
ポルトガルからパリに着いたんだな、と思った。


ゆきさんは、「ひとの血」というカクテルを頼んでた。
カクテルは、試験管みたいなのに入っていて
花火と一緒に運ばれてきた。


手を振って別れた後、
夕方の光がとてもきれいだったので、
その光に誘われるように、写真を撮りながら
しばらく無意識にてくてく歩いた。

ゆきさんに会った直後のひとの余韻と
フランスの光に包まれて、無意識にてくてく歩くのは、
なんだか特別な時間だった。


セーヌに出ると、シテ島の家々を
3月の夕日がきれいに照らしていた。









BEAUTILFUL WORLD
by ayu_transit | 2009-04-10 06:47

Electorico,Lisbon

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リスボンの市電の中で、
おじいさんの写真を撮ってから気づいた。


このおじいさん、
(母方の亡くなった)おじいちゃんに
似てる。


いま、まじまじと写真を見てみても、ほんとに似ていると思う。
どことどこが似ている、というより、
似てないところを探すのが難しい。



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何度かここにも書いているけど、
わたしは、小学生になるまで、
両親とは離れて、
山梨の母方の祖父母と一緒に暮らしていた。


いまでもよく覚えているのは、
わたしがおばあちゃんと幼稚園の迎えの
バスの乗り場へ出掛けていくとき、
必ず、おじいちゃんが「気をつけてね」って言うこと。


おじいちゃんは、着物に絵を描く仕事をしていて、
その仕事部屋が玄関に面していた。
「いってきまーす」というと、
ガラス戸の閉まった仕事部屋から、
「気をつけてね」という声だけ聞こえた。



子供心に気になって、家を出てから、
おばあちゃんに、聞いたことがある。

「どうして、おじいちゃんは、
いってらっしゃい、じゃなくて、
気をつけて、なの?」




いまでは、なぜ、そう言うのか、
とてもよくわかる。




**********************



おじいちゃんに赤紙が来て、みんなでバンザイをして、
戦場に行く日の写真を見たことがある。
まだ赤子だった母がおばあちゃんに抱かれている。

あることがあって、おじいちゃんは、
山梨の山の中腹で、兵役を免除する許可が突然出て、
家に帰ってきた。

だから、戦場へ行き、戦死していれば、
わたしのいとこたちは、誰一人生まれなかったことになる。

おばあちゃんの弟は赤紙が来て、招集され、
そして、帰ってこなかった。




祖父母の子供達(母達)が大きくなったある日、
長男がバイクの事故で亡くなった。




今日出掛けて、無事に帰ってこられる完全な保障というのは、
まったくない。

だから、おじいちゃんは「気をつけてね」
と言っていたような気がする。

それは、わりと最近になって身にしみてわかった。


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ある日、私が大学生のころ、母が足の大けがをして、
障害者手帖を持つようになった。

ある日、私の前のクルマが急に車線変更してきて、
わたしは反射的に、ハンドルをきって
わたしのクルマは大破した。


(まあ、列記すると暗い感じだけど、わたし、
イタリアで結婚式あげたり、同僚がじっくり味見して
選んでくれた蜂蜜もらったりしており、
まあ、人生は甘辛、ですかね。。)




最近は、朝、先に出掛ける妻を玄関まで見送り、
「気をつけてね」と
どうしても言わずにはいられない。


無事に帰ってこられるとは限らない。
「気をつけてね」というのは、
祈るような言葉だと、最近特に思う。



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そんな言葉を毎朝かけてくれた
おじいちゃんにすごく似たひとを
リスボンの市電の中で見かけて、
なんだか、ちょっとほっとした。


とても穏やかに暮らしている様子なので。



もしかしたら、リスボンは、死んだあとに
暮らす街なのかもしれない。



直行便はないし、セビリアとかモロッコとか
近いわりに、妙に気候はいいし、
市電は妙にアンティークだし、
ひとは妙にやさしいし(ほんとに)、
EUなのに、お腹にやさしい魚料理がたくさんあるし、
なんかいろいろ妙なので、
そういう(死後の)街だと思えば、いろいろ合点がいく。


そんないいところで暮らしてるんなら、
おじいちゃん、よかったじゃん、って感じ。

別に話しかけようとは思わない。
改めて話すようなことも実はそんなにないしね。




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その市電を降りて、アンティークの
木の扉がパタンと閉まって、
市電がゴーンと音をたてて行ってしまうと、
とてもうれしい気持ちになった。
会えたからね。


いまも、今日も、リスボンで、
おじいちゃんは、市電に揺られている、と思う。
あの穏やかな街で。



そして、会うことのないわたしの大事なひと達は、
それぞれどこかの「街」で、
のんびり暮らしていて、
旅の最中に、ふいにひょっこり見かけたりするんだと思う。


そう思えて、うれしい。








BEAUTILFUL WORLD
by ayu_transit | 2009-04-10 06:31