BEAUTIFUL WORLD.

Auvers-sur-Oise 11:30am

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5月の麦畑が、ざわついている。
風が、ざわついている。
色彩が、ざわついている。
青々と、生き生きと。

あぜ道は、ひとけがない。
名前の知らない小さな鳥がずっと平和にさえづっている。
あの教会の鐘が、カーンと鳴る。

フィンセントという画家が、この村にやってきたのも5月。
交差し、ひるがえる、緑の光線の中を
キャンバスをかかかえて、嬉々として歩いただろうな。

5月から7月までの2ヶ月で、彼は、70点もの作品を次々に描き上げた。
オーヴェル・シュル・オワーズのいちばん美しい季節の
光の彩りを夢中でとらえようとした。

狂おしいのは、この世界の方だった。
画家は狂おしいほど美しい世界の彩りを、
ジャストフォーカスで、見てしまっただけだった。

発作は、だいたい2ヶ月に一度の間隔で
やってくることが、わかっていた。
パリで暮らす弟も、弟の妻も、疲れきっているのを知っていた。

5月から2ヶ月目の7月、この麦畑のほど近くで、
画家は心臓に向けて、ピストルの引き金を引いた。

弾丸は、助骨にあたり、心臓をはずれた。
画家はしかたなく、あぜ道を、歩いて、自分の部屋まで戻った。

弟が、かけつけ、兄のそばで、泣き崩れると、
兄は、やさしく弟に話しかけた。
「そんな顔するなよ。僕はすべてうまく行くようにやったんだから。。」

発砲から、3日後、7月のある日、
画家は息をひきとった。

パリのオルセー美術館には、
モネやセザンヌと同じボリュームで
彼の部屋がある。

その作品の鮮やかさと美しさは、
現物を見ないと決してわからないと思う。

そのすべての作品の中で、
狂おしいほど美しい世界に対峙しようとした
画家の色彩がざわついている。
画家の魂がざわついている。
5月の波打つ麦畑のように、
青々と、生き生きと。






BEAUTIFUL WORLD
by ayu_transit | 2007-05-13 22:45