BEAUTIFUL WORLD.

Foster Botanical Garden,oahu,hawaii 10:00am

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ちいさいころ、祖父母と暮らしてた家は、
庭がけっこう大きくて、いろいろな樹や花があった。

今考えると、その庭のレイアウトがとても洋風だったことが
とても不思議。祖母はいったいどこであんなセンスを
身につけたんだろう。

洋風といっても、装備された庭園風ではなく、
イギリスのワイルドガーデンみたいな感じ。

だから、ターシャさんのTVを見るとなつかしくなり、

ちょっと苦しくなる。


けやき、すぎ、桐の樹、くるみの樹とかの大きな樹が茂り、

桃、すもも、柿、梅、さくらんぼ、
なんかの果物の樹が点在して、

花畑エリアがあり、竹やぶがあり、クローバーのエリアがあり、
野菜をそだててるエリアがあった。



わたしは、その庭で、小さなころ、えんえんと過ごしていた。



毎日、10時と3時に祖父母がお茶だよ、といって
コーヒーメーカーでコーヒーを入れて、
3人で、のんびり庭を眺めていた。



南アルプスからの水が、家の脇の用水路を冷たく流れていて、
祖母たちは、それを半分せきとめ、庭に流れこむようにしていた。

庭には土を軽めにほった小さな小川が枝分かれしてゆきかい、
用水路の水が、庭中にまんべんなく、しみこむようになっていた。


その庭の小さな曲がりくねった小川沿いを、
流れ込む水と一緒に歩くのが好きだった。



夏は、あぶらぜみ、ひぐらし、つくつくほうしなんかの蝉が
茂る樹々に雨を降らすように鳴いてた。


冬は、枯れ葉をあつめてたき火をして、やきいもを焼いて、
冬の空でごうごうと、うなる北風を見上げていた。


その庭がずっと以前からあったかのように感じていて、
その庭がずっと先もあるものと思っていた。



大学生の頃、バルブ期、新しいあまり意味のない道路を
その庭に、縦と横に通す計画を、町役場から告げられ、
母は、ずっと話し合いをして、なんとか、庭を守ろうとした。

わたしは、といえば、若気の至り真っ最中で、
都内各所のライブハウスで雄叫びとかをあげていて
母にほとんど協力できなかった。(とほほ)



結局、道は通ることになり、そのかわりとして、
できるだけ補償のお金をもらい、家をたてかえ、
いとこたちが住むことになった。


庭のおおくの樹や花は、なくなった。


祖母の認知証がもっと早くすすんでいれば、
見なくてすんだかな、なんて、おもうけど、

実際祖母はたくましくて、あたらしい庭に、
さっそく旺盛に花壇をつくりはじめた。


もう足腰がよわってたから、あんまり庭仕事しないほうが
いいよ、なんて言った気もするけど、
足腰がどうなろうと、庭仕事を
ぞんぶんにさせてあげればよかった。



いまでも、たまに、昔のいなかの家の夢を見る。
生い茂る樹々のした、ふるい木造の家の
ひんやりとした廊下をすすみ、
つけものがたくさんつけてある薄暗い納戸の角をまがり、
奥の台所に行くと、勝手口から、祖母が、畑の作物をもって
入ってくる。



夢って、途中まで、その状況をふつうだと信じてしまう。
だんだん、夢だとわかって、
そっか、もうないんだよな、なんて、
現実を認識する作業をしばらくする。


まあ、よくあるはなし。


わたしが、緑が、樹々や花が、好きなのは、
たぶん、それが失われてしまったからなのかもしれない。

好き、というのは、もしかすると、

食後にプラスするデザートや
きれいな花みたいなものではなくて、

それがないと、えぐられるように空洞ができて、
気持ちがザワザワと落ち着かなくて、不安定になる、
その空洞をいますぐ埋めたくてしかたなくなる、
ないと不安になる。
あって、ほっとする。
あって普通。

というようなものかもしれない。







ハワイで大きな大きな樹と出会った。
みずみずしくて、おおらかな生命。

大地に絶対的に根をはり、
柔軟に、大空に枝をのばし、
枝葉から風の音がよく聞こえた。

いくつかの鳥の声が聞こえて、
そばで鮮やかな色の花が咲き、
大きなまだらの樹の影がひろがる地面は、
海底のようだった。


とてもほっとした。


なにかの自分の空洞がすこし充たされる気がして、

ハワイって好きだなあ、とおもった。



好きというのは、空洞が埋まる感覚、かも。






今度は、

もうない場所の夢だけじゃなくて、
いまもあそこで、どっしりと茂る、
ハワイの樹の夢が見れたらいいな、

とおもう。







BEAUTILFUL WORLD
by ayu_transit | 2010-03-28 21:59